1980年代は、日本の芸能界において多くの個性的なアイドルが誕生し、輝きを放った時代です。彼女たちは歌やドラマ、バラエティなど様々な分野で活躍し、今もなお多くの人々に愛されています。ここでは、当時のアイドルたちのプロフィールと、現在に至るまでの活動をまとめました。
人気番組『たのきん全力投球!』のオーディションに合格し、芸能界デビュー。デビュー曲「センチメンタル・ジャーニー」の替え歌「伊代はまだ55だから〜♪」は、バラエティ番組でもおなじみです。お笑い芸人のヒロミとのおしどり夫婦ぶりもよく知られています。
1981年にドラマ『2年B組仙八先生』でデビュー。翌年には「花の82年組」の一人として歌手デビューも果たしました。その後は「天然ボケ」キャラクターでバラエティ番組でも人気を博し、現在は「梨園の妻」として、またタレントとして幅広く活躍しています。
「花の82年組」として1982年にデビュー。1990年に同期のアイドルグループ・シブがき隊の薬丸裕英と結婚し、芸能界を引退しました。5人の子供たちのうち、長男は俳優、次男はサッカー選手、長女はタレントとして活動しており、その動向が注目されています。
1978年の角川映画『野生の証明』で女優デビュー。女優としてのキャリアを中心に積み、「最後の映画女優」とも呼ばれています。映画『セーラー服と機関銃』の主題歌で歌手としても高い評価を得ており、今もコンサート活動を行っています。
薬師丸ひろ子、渡辺典子とともに「角川三人娘」と呼ばれ、1983年の映画『時をかける少女』で日本アカデミー賞新人賞を受賞しました。独立後は『私をスキーに連れてって』などのトレンディ映画でも活躍。20年以上CMに出演するなど、変わらぬ可愛らしさで人気を保っています。
「ポスト薬師丸ひろ子」オーディションで優勝し、角川映画で活躍しました。映画『積木くずし』での演技は高く評価され、日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞。現在も映画やドラマで活躍しており、2020年には薬師丸ひろ子と共演した映画が話題になりました。
「お湯をかける少女」としてハウス食品のCMで人気に火がつき、若手実力派女優としての地位を確立。1989年には海外作品にも出演し、国際派女優として活躍の場を広げています。
ドラマ『スケバン刑事II 少女鉄仮面伝説』の主人公を演じ、トップアイドルとなりました。歌手としても「楽園のDoor」などヒット曲を連発。現在は女優として活躍しており、美肌でも知られています。
雑誌『Momoco』のグラビアで注目され、ドラマ『ヤヌスの鏡』で主演デビュー。その後アイドル歌手としても活動しました。1990年以降はタレントとして、バラエティ番組を中心に活躍しています。
「元祖国民的美少女」として知られ、NHKドラマでデビュー後、瞬く間に人気女優になりました。F1レーサーのジャン・アレジと事実婚後、スイスを拠点に海外でセレブな生活を送っています。
初代ミスマガジングランプリを獲得してデビュー。ドラマ『不良少女と呼ばれて』で注目を集めました。女優として活躍する一方で、早稲田大学で予防医学や基礎老化学を研究するなど、知的な一面も持っています。
「荻野目ちゃん」の愛称で親しまれ、ユーロビート調の曲でヒットを飛ばしました。代表曲「ダンシング・ヒーロー」は、近年「バブリーダンス」としてリバイバルヒットしました。元テニス選手の辻野隆三と結婚しています。
「ユッコ」の愛称で愛されたアイドル。先輩である松田聖子の後継者とも言われましたが、「自分は自分」と語っていたそうです。18歳という若さで亡くなりましたが、今も世界中のファンが墓前に訪れています。
第3回ミスマガジングランプリに輝き、タレントデビュー。デビュー曲「卒業」や主演ドラマ『スケバン刑事』でのセーラー服姿が印象的でした。女優として活躍し、最近も映画で助演女優賞を受賞しています。
ドラマ『スケバン刑事III 少女忍法帖伝奇』で風間三姉妹の長女を演じ、一躍ブレイク。歌手や女優として活躍し、2000年にはダートレーサーとしてもデビューしました。
「ミッチョン」の愛称で親しまれ、1985年にアイドル歌手デビュー。その後は女優に転身し、多くのドラマや映画で活躍しています。
女優デビュー後、アイドル歌手としてもデビュー。バラエティアイドルとして活躍しましたが、競馬騎手の武豊と結婚し、芸能界を引退しました。
『夕やけニャンニャン』のオーディションに合格し、おニャン子クラブのメンバーに。初のソロデビューを果たしました。作曲家の後藤次利と結婚し引退しましたが、後に化粧品のCMで共演し話題になりました。
「ゆうゆ」の愛称で親しまれ、おニャン子クラブの人気メンバーに。高井麻巳子とのユニット「うしろゆびさされ組」としても活躍しました。実業家と結婚後、芸能界を引退し、現在は3児の母です。
ハワイ育ちで、1982年にデビュー。コカ・コーラのCM曲「夏色のナンシー」が大ヒットしました。結婚後、同期の松本伊代、堀ちえみとママドルユニットを結成したことも話題になりました。
おニャン子クラブ会員番号16番。「うしろゆびさされ隊」として岩井由紀子と活動しました。おニャン子の仕掛け人である秋元康と結婚し、芸能界を引退しました。
『夕やけニャンニャン』のオーディションに合格し、ドラマ『スケバン刑事II』で女優、その主題歌で歌手デビュー。引退後は出版関係の仕事に従事し、現在は海外在住です。
おニャン子クラブの顔として活躍し、「100万ドル」と称される笑顔で人気を博しました。フジテレビ社員と結婚し、現在もタレント活動を続けています。
おニャン子クラブ会員番号8番。ソロデビュー曲「バレンタイン・キッス」は、今もバレンタインの定番曲です。おニャン子卒業後は女優として活躍し、現在もバラエティ番組などで活動しています。
元祖「おバカタレント」としても知られるおニャン子クラブのメンバー。「ニャンギラス」としても活動しました。現在は雑誌編集者とタレントとして活動しています。
『夕やけニャンニャン』初回放送から出演し、高身長で目立っていました。ニャンギラスとしても活動。引退後はフリーライターとして活躍し、現在はオランダでシェフをしています。
おニャン子クラブ会員番号9番で、ニャンギラスとしても活動。引退後は香港人パイロットと結婚し、香港に移住。スタイリストとしても活躍しています。
おニャン子クラブ会員番号22番。グループ解散後、学業に専念し、結婚後は4児の母となりました。
おニャン子クラブのメンバーで、渡辺満里奈とともに「W渡辺」として人気でした。現在は「親バカ」タレントとして注目を集めています。
おニャン子クラブの中期から後期にかけて主力メンバーとして活躍。お笑いトリオ・ネプチューンの名倉潤と結婚し、現在は2児の母として活動しています。
おニャン子クラブ会員番号40番。ユニット「うしろ髪ひかれ隊」としても活動しました。卒業後は女優・リポーターとして活躍し、2003年に結婚しています。
「マッキー」の愛称で親しまれ、「うしろ髪ひかれ隊」としても活躍。現在は芸能界を引退しています。
アイドル歌手としてデビュー後、「バラドル」として活躍しました。俳優の本宮泰風と結婚し、一児の母に。最近では同期の森尾由美らとライブイベントを開催するなど、精力的に活動しています。
アニメ『機動戦士Zガンダム』の主題歌でデビュー。その後は「バラドル」に転身し、『夢がMORIMORI』などの番組で絶頂期を迎えました。現在も歌手として活躍しています。
「ホリプロタレントスカウトキャラバン」でグランプリを獲得しデビュー。アイドル歌手としては芽が出ませんでしたが、バラドルとして大ブレイク。50歳を過ぎても変わらぬキャラクターでバラエティ番組に多数出演しています。
松任谷由実作曲の「メロンのためいき」でデビュー。バラエティ番組『テレビ探偵団』を機に、バラエティアイドルの先駆けとなりました。現在も多数の番組でMCとして活躍しています。
ミュージカル『ピーター・パン』に憧れてデビュー。バラエティ番組『三宅裕司のいかすバンド天国』のMCで人気者になりました。現在はハワイでコーディネーターをしています。
お笑いアイドル「チャイルズ」としてデビュー。解散後はタレントとして活躍し、現在も人気長寿番組にレギュラー出演しています。
お笑いアイドルグループ「チャイルズ」のメンバー。バラエティ番組『森田一義アワー 笑っていいとも!』の「いいとも青年隊」として活躍しました。現在は芸能界を引退しています。
お笑いアイドルグループ「チャイルズ」のメンバーで、『笑っていいとも!』に出演。1992年の解散を機に芸能界を引退しました。
平成元年にアイドルデビュー。『オールスター感謝祭』では第1回から司会を務めています。最近は「ワッコ姐さん」キャラでバラエティを中心に活躍中です。
ミノルタカメラのCMで注目を集め、女優デビュー。「女子大生タレント」の先駆けとなりました。現在は優しい母親役を演じるほか、クイズ番組でも活躍しています。
アイドルデュオ「Wink」としてデビュー。活動停止後は独特な天然キャラでバラエティ番組でも人気に。2020年には「歯が命アワード」を受賞しました。
クラリオンガールコンテストをきっかけにデビュー。グラビアアイドルの先駆けとして活躍しましたが、23歳の若さで亡くなりました。
クラリオンのキャンペーンガールとしてグラビアで人気に火がつき、「写真集クイーン」として一世を風靡しました。結婚後休業していましたが、2012年にタレントとして復帰しました。